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「電子政府と印刷業の未来像」


電子政府と印刷業の未来像
 潟hキュメント・エンジニアリング研究所

寺澤 晃

政府・自治体はいま何に困っているのか?
 平成16年8月、岩手県から次のような発表があった。「現在、テレビやラジオ、広報誌など媒体ごとに個別に制作している県の広報に関する業務を来年度(17年度)から一括して1つの会社に委託する。」これにより岩手県では、総合的な広報プランや制作管理をプロに一括して任せ、広報の質を高めると共に、担当職員の減員(2名)による人件費カットを目指している。
 また平成15年5月、茨城県からは「県が発注する印刷物にはすべて単価と数量を表示する。」との方針が印刷業に示された。これは、茨城県として経費削減を一層進めるため、職員にコスト意識を持たせることを目指したものである。(ただし、印刷業界団体から安値誘導につながるとの反対意見があり、最終的には500部50万円以上の案件のみが表示へ。)
 これらの取り組みは、県の行財政改革プロジェクトの一環としてのものであり、財政赤字が進み、自治体倒産も夢話ではない中で生まれてきた。つまり印刷業界に対する安値容認の「いじめ」ではなく、無駄なコストをこれ以上払うことができない自治体のSOSである。そこで業界として、従来のような安値反対運動のみでは、この苦境を自治体も印刷業も乗り越えることはできない。新たな視点でのコストダウン策を我々が提案していかなければ、答えは導き出せない状況にある。

トータルコストダウンに向けて!
 例えば、400万円でコスト見積をした案件がある。これに対して発注者から「コストダウンをして欲しい!」と言われた場合、貴社ではどのように考えるであろう。
 多くは400万円を「350万円、300万円…」と、自らの受注額の値下げから考える。しかしその結果は、競合他社の値下げも誘発し、価格競争に陥り、受注した業者も赤字覚悟で望まなくてはならず、誰も幸福を得ることはできない。
 そこで皆様には「印刷コストとは印刷会社の受注額のみなのか?」との点について考えていただきたい。印刷物とは原稿材料がなければ生まれない。つまり顧客の執筆・編集にかかる内部コストも含めたトータルコストダウンこそが本来の目標である。
 例えばある事業報告書を作成するため4人月の顧客の内部工数がかかっていたとする。

  これは事業終了後、様々な事業関連ドキュメントを集め、再入力や並べ替えなど、錯綜した作業の中で生み出された結果である。これに対し、事業開始時から最終的な報告書作成を考慮し、関連ドキュメントを整理するルールを定め、それをデータベース保存するシステム投資を印刷コストに100万円アップすることにより、顧客の内部工数が2人月と半減したとする。これもトータルコストという観点で考えれば、立派な値下げ策である。(800万円→700万円)このような企画を顧客に対して印刷会社として説得できるかが、成功への鍵となる。
  しかしこのトータルコストダウンの視点は、顧客にはまだ理解されていない。そこで印刷などのコンテンツ編集のプロとして、印刷会社自らが提案していかなければ、具体的なビジネスには決して結びつかない。

電子政府が進展する中で印刷ビジネスは?
 e-Japan戦略を起点とする電子政府プロジェクトの多くは、「中央省庁〜地方公共団体〜企業・団体・市民」における電子申請等の定型的手続処理業務のシステム化がテーマとなっている。つまり大手システムベンダーが構築した新たな情報システムが導入されることがメインであり、印刷業としてのビジネステーマを見出すことはできない。(しかも電子帳票化により、既存の印刷物も減少する。)

  図を参照いただきたい。これは自治体事務部門のホワイトカラーを例として、その業務態様を示したものである。この中で電子政府プロジェクトが追いかける定型的手続処理業務が占める割合は3割に留まる。これに対してその倍の6割を占める業務とは、企画調整系業務、つまり資料作成などによる思考的・準思考的業務である。ではこの6割の企画調整系業務を支援する役割は誰が担うべきなのであろう。その答えは印刷業である。

 図を参照いただきたい、これは市の福祉事業計画をテーマとし、計画立案から実施までの作業フローとドキュメントの関係を現したものである。これまで印刷会社は、各工程の事業成果最終出力物である事業計画書・報告書を印刷することのみに関係してきたが、これらが生まれる背景の内部業務の煩雑さについて考えたことがあるだろうか。まず計画段階では、関連する他の事業(前回の計画や国や県の福祉事業計画、市の総合計画など)の計画体系と照らし合わせ、整合性の取れた計画体系を生み出し、それに対する計画内容の原稿作成を実施している。またこの計画体系は、計画書のみに留まらず、事業の進捗管理にも活かされ、最終的には事業報告書を作成する上でも活用される。
  従来はこれら計画書・報告書を、データベースとは無縁の中、職員のマンパワーによって原稿材料が整理され、印刷原稿を各々別々にやっとの想いで生み出すことで許されてきた。しかし説明責任・市民への積極的な情報公開が求められる現在、その視点は最終出力物のみならず、事業経過を把握するテーマ別串刺し情報検索が求められている。つまりある事業テーマが、計画どおりに事業遂行され、求められる成果に至ったのか否かを確認することができ、しかもそれがWebを通じて即時性のある情報として配信することまで求められている。「現課で作成されたドキュメント→Webページ→印刷物」これらがリンクしたドキュメント管理体制を、顧客に提供できる印刷会社しか、この案件には対応できない状況に至っている。(この管理体制がなければ、無駄な手間作業が発生し、低価格の中で印刷会社も無理をしなければならない。)

自治体広報の現状課題
  福祉事業計画のドキュメントワークでもお分かりのように、ドキュメントとは1つの目的のみで作成されるのではなく、様々な目的や出力される媒体(印刷・Web等)において、使いまわされることによってその価値は高まり、再入力や再編集などの手間作業から解放され、業務の効率化を実現する。この中核技術がXML(Extensible Markup Language)である。そこでより具体的なXML事例として、自治体広報業務をテーマとして、XMLドキュメントのあり方を検証する。
 市民への市政に関するお知らせ情報媒体が自治体広報である。広報部門が、各内部セクションから情報を集め、編集する広報には、実は様々な課題が潜んでいる。

 第1点は原稿を取りまとめる課題である。研究テーマとして、札幌市の自治体広報制作ルールを分析した。その現課からの入稿ルールでは、手書き、Word・一太郎などのワープロ文書、何でもOKとなっていた。またタイトルや担当セクション名など、原稿の構造ルールも一応規定されてはいたが、実態はバラバラで、ルールは厳守されていない。

 
  そこで編集担当者は、手書き原稿入力、異なるワープロ文書のデータ統合、そして文書構造ルールの統一などの取りまとめに多大な時間を費やしている。これは印刷広報のみを制作している時代には許されたことだろう。(取りまとめに手間がかかっても、後は印刷会社に任せるだけで印刷物は完成する。)
  しかし時代はWebによる広報情報配信など、印刷以外の媒体フローも考慮する必要があり、効率的な原稿取りまとめが不可欠な状況にある。
 第2点は広報作成のみを単独で考えている点である。例えば、「今年度は市制50周年、記念に広報年鑑を発行する!」となった場合、原稿をどのようにまとめるのか。
 各月の広報は印刷版下作成を目的にまとめられることから、組版データは存在しても、素原稿データは存在していない。しかも1年分の広報情報を時系列に並べ替え、分野分類するなどが必要な年鑑編集において、各月の広報が版下のままでは生かすこともできない。
  データベースが存在しない以上、自治体では、過去の広報の個別記事を切り抜き、分類整理し、それを大判の紙に貼り付け、文字の再入力から印刷会社にオーダーし、しかも再入力につきものの校正作業に追われることとなる。このように他の印刷物とのリンクを考慮しない体制に、多くの広報現場はあり、総合的視点でのコストダウンを考えると多くの疑問も生まれてくる。
  第3点は、出力媒体別に制作進捗を管理する点である。札幌市では当時の発注ルールにおいて、印刷物とWebでの広報情報配信業務が、別発注されていた。(印刷は印刷業、Webはシステム業の枠組)
  しかもそれはメディア制作・運用に関わる管理から分割されるのではなく、原稿取りまとめ段階から別業者に割り振られ、印刷業者とWeb業者が、同じ原稿の取りまとめ作業を個別に取り組む無駄が生まれていた。原稿取りまとめのコンテンツ作業と媒体の制作進捗管理を分けて管理するのであれば意味はあるが、従来の制作フローを踏襲すると、多くの無駄が発生する。
  では、いかにすれば課題は解決できるのだろう。

自治体広報XML展開の構想
  まずは原稿取りまとめ工程である。これまでは、現課からの入稿形態がバラバラな点に課題があった。この解決のため、庁内LAN上に全職員が利用可能な広報情報入力テンプレートを提供し、入稿をルール化する。そして広報情報データベースと直結し、編集担当者の取りまとめ作業を全廃する。(編集担当者はデータベース入稿状況のみのチェックでOK)
  データベースには、分類・並べ替えに必要なメタデータ(セクション・分野・日付など)が記事毎に登録され、あらゆる利活用を想定した設計とする。そしてデータベースからの自動組版対応を事前に構築することで作業効率化も実現する。
  また、これは印刷物テーマ別に原稿を作成していた時代には考えられないことだが、広報掲載情報を素として生まれる別の印刷物(博物館イベントカレンダーや幼児予防接種月間予定表など)を原稿作成なしでデータベースから自動組版することもできる。1点1点は小規模なコストダウンかもしれないが、全庁的には多くの印刷物がこのターゲットに含まれ、そのコストダウン効果は多大なものとなる。
 そしてWebも広報情報データベース連動により、自動配信が可能となる。原稿取りまとめ作業がシステム上へ置換でき、人手間が発生しないことから、毎日新たに追加更新される広報情報が、自動的にWebで配信できる環境も構築可能である。これにより、「即時性のWeb、一覧性の印刷」とのメディア特性に応じた活用展開も簡単に実現することができる。また双方向性というWeb特性を考慮すれば、自治体→市民の情報配信のみならず、e-デモクラシーとして、市民と自治体間の電子会議室と広報情報データベースのリンクも可能となる。これにより、あらゆる自治体業務テーマについて、双方向での情報のやり取りがデータベースに収録され、誰もがその過程を検証することができる「開かれた行政」の実現に発展することも期待できる。

印刷物の改善提案から電子政府支援へ
  以上の事例から、システムベンダーとは異なる印刷業としての電子政府支援の姿はご理解いただけたことと思う。そこで次は皆様方がこれを具体化することとなるが、そのキーワードは「印刷物の改善提案」にあると考えていただきたい。
  「原稿作成は顧客の責任、我々は印刷するのみ。」これが従来の印刷業のスタンスであった。これは請負業としてリスクを回避することとはなるが、残念ながら価格競争以外の結論は得られない。そこで「この印刷物の原稿はどのように生まれるのであろう?」「この印刷物はどのように利用されるのであろう?」「Webと印刷物の役割分担はどうあるべきであろう?」と、印刷業が顧客に対して一歩踏み込んで考えることが肝要である。
  そのヒントは、図に示す6種の印刷物テーマである。

これらは、従来付加価値アップがあまり期待できなかったモノクロ頁物印刷物ではあるが、その情報の中身の重要度は高く、しかもこれらの編集作業を効率化することが、行政改革に直結することを意味している。
  Web+印刷、データベース+印刷など、従来の印刷ノウハウだけでは発注仕様書を描くことができない案件が増加している。それを黙認するのみでは、いつまで経っても付加価値の高い案件の受注には至らず、政府・自治体自身の業務効率化にも至らない。印刷業が今以上に自治体の業務実態を知り、より良いコンテンツワークを実現するため、ともに協力しながら発注仕様書を新たに描き出すことが、印刷業の命題となっている。情報編集のプロとして、企画力+システム力+開発力を自ら養成し、電子政府実現の担い手として各地で活躍されることを祈る次第である。

   
 

   
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