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時代が求める『新たな印刷ビジネス』の実際
〜変革期ビジネスに不可欠とされる「情報編集力」は印刷業に備わっている〜

株式会社ドキュメント・エンジニアリング研究所 寺澤 晃

社会は変化し、印刷も変化する

2009年2月5日、日経産業新聞に「東京精密、自前で印刷、経費5分の1、カタログ、必要分だけ作成。」との記事が掲載された。東京精密とは計測機器メーカーである。これまで400ページの製品カタログを、印刷コストを抑えるために半期に一度、2〜3万部程度を印刷会社に発注し、制作していた。これを5000万円のデジタル印刷機を自ら導入し、デザイン制作ラインも整備した上で、製品カタログを内製化するとの取り組みがその内容であった。なぜこのような決断をしたのだろう。それは無駄を排除し、コストダウンを実現することであった。

例えば、2〜3万部の印刷部数は、事前見込冊数として算定し、制作されていた。しかし実際には相当数が配布されずに残っていた。しかも新製品が生み出される中で、半年が経過すれば、カタログ内容は旧情報となり、新たに制作しなおし、残ったカタログは廃棄処分を行わなければならない。

また取引先は400ページの総合カタログを求めているのではない。自社に必要な製品情報のみを求めている。ウェブ時代の現在、東京精密ではウェブ上に全製品情報を掲載している。取引先は必要な製品を東京精密に指示することで、必要情報のみの取引先用オンデマンド製品カタログが印刷され、配送される。

これにより、年間1億円弱を要していた印刷コストは、2000万円以下に抑えることができ、約8000万円以上のコスト削減効果を目指し、東京精密は取り組んだのであった。

この事例、印刷業界の皆様はどのように捉えるであろう。「ますます印刷業界から印刷が離れていってしまう・・・」と嘆かれるであろうか。私は「クライアントが業務改革を進める上で、印刷を見直すことが入口となると気付き始めた!」と期待を持って捉えている。

そして東京精密では、このデジタル印刷ラインを活用し、取引先の印刷物制作を請け負う事業展開も目指している。つまり、印刷を見直すことが大きなビジネスチャンスであることを、この事例は我々に示しているのだ。

「新たな印刷ビジネス」が生まれる

約500年の印刷の歴史の中で、印刷業界は「印刷物があることを前提とする営業開発」「印刷制作のための技術開発」「印刷会社内部のコストダウン」に注力してきた。ウェブやデータベース化についても、「印刷データをウェブへ連携」「印刷物の効率的制作のためのデータベース」と、印刷に付随する技術と捉えてきた。

印刷需要が溢れている時代であれば、これでよいだろう。しかしクライアントは未曾有の構造変革の中で、自らのビジネスモデルを見直さなければならない。これは印刷会社が、赤字覚悟で安い印刷物を作っても解決とはならない。クライアント自身、「モノの作り方・売り方」「組織運営の仕方」「お金の集め方・回し方」など、根本的な変革がなければ企業存続すらできないのだ。

情報化社会を背景として、すべてのビジネスにおいて「情報・知識が価値を生み出すしくみを飛躍的に高めよ!」と迫られている。従って、新たなビジネスモデルとは、ビジネスプロセスにおいて「情報・知識」をいかに容易に、かつ縦横に利活用できる姿へと業務を改革するのかが中心課題である。その中で印刷物とは、東京精密の事例でもわかるように「情報・知識」の主要媒体であり、ビジネスプロセスの重要な一環をなしている。このように印刷を見直すことによる業務変革は、大多数のビジネス変革において必然となり、ここに「新たな印刷ビジネス」が発生する。それは、制作方法、利用方法、制作数量、発注頻度、在庫方法などの「仕様の変化」、情報発信者の伝えたいことをユーザーが理解しやすい内容に置き換える「内容の変化」にかかわる再構成である。

では、「新たな印刷ビジネス」への取り組み方とは何か、以下で具体的に明らかにしてみよう。

1.「提案営業」アプローチ

1-1. 印刷ビジネスは「情報編集力」で勝負

今日のような社会構造の変化は、既存の印刷ビジネスのままでは「ピンチ」であろう。しかし変化を自ら推進できれば、確実に「チャンス」となる。そのキーワードが「情報編集力」だ。

印刷とは、『コンテンツを「編集」し、適切に「表示」する技術』である。しかしこれまでの印刷業は「表示」にばかり興味を注いでいた。

貴社の印刷積算において、製版・印刷・製本などの加工項目は詳細なコスト体系があるだろう。しかしコンテンツ内容の「編集」について、貴社ではコスト体系を明確化できているのであろうか。また安易に「印刷費が確保できれば、制作費は安くしても良い!」との考えで、見積書を提示しているのではないだろうか。

明瞭には意識されていなくても、印刷業はこれまでもこの編集力を活かしてきた。バラバラの文字原稿、写真・図版原稿などを、1つにまとめあげ、印刷物を作り上げることは、業界外から見ればものすごい技術である。しかしこの意義をコスト化できていないことが印刷業の問題である。

「そんなこと言ったら、クライアントの校正確認ミスまで印刷会社の責任になるのではないか?」「コスト化したら印刷内容のリスクを負わなければならないではないか?」と疑問視する方もおられるだろう。しかし貴社がクライアントのパートナーとしてビジネスを知り、ビジネスモデルをともに考え、同じ土俵上で印刷物の中身を連携して編集することこそが正しい解決につながる道だ。

1-2. 従来型「提案営業」の落とし穴

印刷業界で「提案営業」が言われて久しい。「提案営業」と銘打った営業マン教育も数多く実施されてきたが、現実に大きな成果を得た事例はあまり聞かれない。

その一番の理由は、その提案が印刷会社としての一方的な売り込みに終わり、往々にしてクライアントの真の価値を高めることに視点があたっていないからである。では、「真の提案営業」への極意は何であろう。それは「提案をせず、気付きを与え、引き出すこと」、つまり「提案しないことが提案営業の入口である」と私は考える。

クライアントが新たなビジネスを創造することや業務変革をするためには、まずはクライアント自身にその「気付き」を与えなければならない。私ならばクライアントに対して、「お困り事は何ですか?」とのヒアリング資料を準備して訪問する。

ただしその内容は、クライアントの業務や既存の印刷物の分析結果に基づき、「こんな困った事が起きていませんか?」といった想定事例を列挙したものとする。つまりヒアリングとは言いながら、クライアントに気付きを与え、想いを引き出し、提案の土俵に相手を上げることが目標である。

そのポイントは、クライアントの「不」とその追究だ。「不満・不備・不足・不便・不利益・・・」、この「不」に対する気付きを与え、その課題・背景を引き出すこと、それが具体的な提案への材料となり、クライアントとの課題の共有にもつながり、具体的な企画案が生まれることとなる。

1-3. クライアントの「不」はどこにある

では、この「不」はどこにあるのだろう。事例として、某大学入試課への「入試過去問題集」の改善提案を紹介する。

従来この大学では数万部の過去問題集を印刷し、全国の高校や受験生に配布していた。この印刷・配送コストの合計は数千万円単位となる。我々はこのコスト高に着目し、クライアントに対して、課題であることの「気付き」を初めに与えた。

しかしクライアントには、「入試過去問題集=印刷物」との先入観があり、部数を減らして受験生が減少することを恐れている。そこで印刷物以外に、多くの受験生と出会うことができるメディアとして、「ウェブによる入試過去問題提供」を提案した。

ただしこれは入試問題のPDF提供ではない。PDFでは「紙へ出力する」ユーザーの負担があり、印刷物の方が便利なことは明白だ。そこでウェブを入試会場と想定し、受験生がウェブ上で入試問題にチャレンジし、自分で採点もできる「入試問題トライアル」として提案した。

他が実施していないこの企画は、ウェブ上での話題づくりも進めば、多くの受験生の注目を集める。これにより「入試過去問題集」の印刷部数を削減しても、新たな受験生の獲得も期待ができる。

1-4. トータルコストダウンの提案へ

次に具体的な企画案を検討することだが、そのポイントはコストダウンにある。「不」の主因は、業務の非効率による無駄であり、印刷の制作過程や利用場面において生ずるコスト課題である。制作過程については後述するので、ここでは利用場面を考えてみたい。

大学のシラバス(授業概要)や履修要項といった印刷物がある。これらは学生が受講科目を選択し、履修登録をするための判断材料である。一部の印刷会社ではシラバス自動組版による効率化が提案されているが、これはあくまでも制作過程の改善である。大学の教務現場では、利用場面にこそ、その課題が潜んでいる。

シラバスや履修要項は、履修ルールを理解した大学事務局が原稿制作する。しかしそれを初めて利用するのは、大学の授業ルールを理解していない18歳の学生だ。そこで多くの学生は内容が理解できず、履修登録時期には個別問い合わせの為に教務課窓口へ数百人の学生が列を作る大学もある。これにより教務課職員は終日学生の問い合わせに対応することとなり、昼間の日常業務ができず、学生がいなくなった夜間に残業をして業務をこなさなければならない。ここには学生の不満とともに、残業代というコストが発生する。ここで解決すべき課題は、わかりやすい内容への改善による利用場面の効率化である。

印刷物のコストとは、印刷会社の受注額だけではない。クライアントの原稿まとめ等の制作コスト、その印刷物が利用する業務コストも含めてクライアントは負担している。そこでいたずらに貴社の受注額を減額して、クライアントの原稿準備や校正確認の手間を増加すること、利用者が「わかりにくい!」と感じて理解に時間を要すことは厳禁である。つまりクライアントの内部コストも含めたトータルコストダウンこそが最大の目標である。

貴社の見積資料に掲載しているのは、貴社の受注額だけであろう。これではクライアントはトータルコストが理解できず、新たな取り組みへのGOサインは出さない。クライアントのコストと貴社のコスト、その総額が現在よりも減額できることを、貴社の情報編集力や企画力を裏付けとして提案しなければ、クライアントの変化に対する取り組みは生まれない。

「ユニバーサルデザイン」とは、色やデザインだけの問題ではない。誰もが理解できるわかりやすいコンテンツ内容こそが、最重要テーマである。営業マンは、納品した印刷物の中身をユーザーの視点で見直し、印刷物が利用される現場を是非確認して欲しい。そこで発見される課題は、必ず次の改善提案に結びつくはずである。

2.「業務改革ビジネス」の実際

2-1.「ビジネスプロセス連携」機能を提供

今度は、印刷による「業務改革ビジネス」の中身を考えてみる。その第一歩はクライアントの原稿作成にコストや手間をかけさせないこと、極論を言えば「クライアントに原稿を作らせないこと」である。

数年前、Windows DTPと称して、クライアントが作成したデザインデータを印刷出力するビジネスが注目された。これは、クライアントに制作を任せることにより、印刷会社は無駄が省け、印刷コストが安くなるというメリットを目指すものであった。しかし本当にこれで、クライアントも印刷会社もハッピーになったのであろうか。

DTPノウハウを持たないクライアントが制作するデータの多くは、アプリケーション、フォント、色などの問題で、最終的に印刷会社がデータ修正しなければならず、「最初からわが社で作成した方が早かった・・・」と感じたケースも多かったであろう。一方、ウェブを通じて印刷を請け負うWeb to Print業者などは、厳密なデザインデータ制作ルールをクライアントに提示し、「この条件でしか印刷しません」としている。

DTPオペレータを育成できるクライアントであれば良いが、一般にはそれをすぐに取り組めるところはなく、結果として「従来どおり、印刷会社にすべてを任せなければ・・・」となってしまう。

ここで印刷制作を、原稿作りと組版制作に分けて考えて欲しい。原稿とはクライアントの業務成果の一つとして生まれる。マニュアルであれば業務ルールや製品技術情報、カタログであれば商品スペック情報をまとめる業務が始点となる。そこで印刷会社はクライアントと連携し、その業務を知り、業務変革の姿を共に考え、業務システム上のデータや日々制作される文書から印刷物の原稿が自動的に生み出される仕組みづくりを行うことが目標となる。

組版制作は、生み出される原稿をいかに構造化、定型化するのかが勝負となる。複数の担当者が制作した原稿は、構造がバラバラとなるのは必然である。そこで業務成果としてのデータ構造を分析し、それを構造化もしくは統一するための原稿用テンプレートを、業務単位で準備することが目標となる。完全な自動組版ではなくても、構造が明確な原稿データであれば、組版スピードは格段にアップする。

2-2.「ユーザーの視点」が最重要

また、クライアントはその業務のプロであることから、往々にして印刷物の内容が専門的に陥り、ユーザーに理解されないケースもある。

今春、某大学の教員向け業務マニュアルの企画・作成に携わった。従来のマニュアルは、大学の事務部門別に教員に伝えたい情報を掲載していた。これに対して教員からは「欲しい情報、関連情報がどこにあるのかわからない」など、「使いにくいマニュアルだ!」との声が聞かれた。

そこで全事務部門の教員向け情報を調査分析し、部門間の情報関連性も明確化し、部門の枠組みには関係なく、教員が求める情報テーマ単位にすべての内容構成をあらためた。その上、これまではすべての文章を読み解く必要があったものを、1問1答のQ&A方式とし、必要な項目を読むだけで課題解決に至る内容にあらためた。

読者の中には、「大学事務のプロではない。そんな改訂はできない!」と言われる方もいるだろう。たしかに情報発信者の大学事務局にはなれない。しかし知らない内容を受け取る情報受信者としてのユーザーの立場には貴方もなれるはずだ。

これまで貴社で印刷したマニュアルやカタログ・パンフレットをユーザーの視点で一度見直してほしい。「本当にマニュアルのガイド内容で業務処理ができるのか?」「本当に商品が理解できるのか?」など、そこから発見される課題テーマこそが、クライアントの業務に近づくこととなる。

2-3.データベース化は誰のためのもの?

商品カタログの編集・制作に携わった際、編集作業の効率化を目指して、組版システム業者にデータベース化提案を求めた。その際に得られた提案の多くは「データベース化して自動組版すると制作期間が短縮できます!」というものであった。確かに組版が効率化されることは必要だが、クライアントの本質課題は、新商品の登録や廃番商品の削除、売れ筋や在庫状況による重点商品の明確化など、カタログに掲載する商品選定・管理の効率化であり、その結果がカタログ組版結果に反映されることである。つまり「自らの商品選定業務を効率化するデータベースを求めている。組版は印刷会社が考えることでしょう。」というのがクライアントの意見である。

このギャップはなぜ生ずるのであろう。組版システム業者は「それは基幹業務システムに付加すべき機能で、我々には関わることができない。」ということであろう。一方、基幹業務システム業者は「組版連携の経験はないので、自動組版までとなると対応はできない。」ということであろう。

そこでクライアントの商品などの業務データを使いまわすこと、その結果を組版(場合によってはウェブのショッピングモールまで)へ連携させることの「全体像=商品販売ビジネスモデル」を、印刷会社および組版システム業者が主導して実現することが必要である。この狭間にこそ、ビジネスチャンスは潜んでいる。

2-4.総合メディアコーディネータへ

ウェブ・携帯電話などを利用した情報発信など、以前のような「メディア=印刷」だけの時代ではなくなった。その中で印刷業界としての電子化の多くは、「印刷物を電子化(PDF化など)すること。」に留まっている。

ウェブの意味とは何であろう。印刷物は発信者→受信者の一方通行メディアである。これに対してウェブはブログの台頭もあり、誰もが情報発信も受信もできる双方向メディアとなり、企業などの組織とユーザー間のコミュニティづくりが可能となった。

商品を販売する際、以前であれば様々なテストマーケティングを実施し、ユーザーを想定しながら市場への商品投入を行ってきたが、ウェブ時代では、ウェブを利用してユーザーの意見を直接取り入れ、ユーザーと共に商品やサービスを生み出すコミュニティによるビジネスへと変化している。

また地域新聞(千葉県)をはじめ、各地で地域情報紙が生まれている。これも地域コミュニティに対する「情報撒き餌」としての媒体であり、そこからビジネスの種ができ、新たな商品やサービスが生み出す土俵作りと位置づけられている。

つまりウェブや地域情報紙などは、媒体としての機能だけではなく、ウェブショッピングモールを見ればわかるように、「媒体=ビジネスモデル」そのものとなっている。

そこで印刷会社は、コミュニティ作りのための媒体開発を自ら進めていくことが不可欠である。ウェブや地域情報紙などのコミュニティを、地域・業界・ユーザーグループなどの単位で構築し、参画する個人・企業・団体などを牽引し、ビジネスを生み出すことによって、「○○印刷は、この分野のプロフェッショナル!」との看板が育成され、得意分野を持った印刷会社としての成長が大きく期待できる。

まとめ

印刷業は「情報編集力」を核とする総合情報産業としての潜在力を持ち、高度情報化社会にあって、ますます重要な役割を発揮するべき存在である。ただし、社会に求められる「新たな印刷ビジネス」を推進するためには、情報産業の資質として「社内マネジメントの改善」や「提案営業能力にかかる教育研修」が不可欠となる。ビジネスの実際を模索するのみならず、組織開発や教育研修など、総合的な体制作りを目指すことが肝要である。

 

   
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